なぜ人を殺してはいけないのか
こんなテーマが前の国語の時間に話し合われました
俺はこのことを中学くらいから考えていたわけです。
そもそも「なぜ人を殺してはいけないのか?」という風に、
人を殺す事が悪だと定義されるのはなぜでしょう。
まぁとりあえず例をあげると
・法律で決まってるから。
・悲しむ人がたくさんいるから。
・自分がされていやな事はしてはいけないから。
みたいな意見が必ずでてきますね。
でも俺の中では全てそれらの意見は意味をなくしています。
>・法律で決まっているから
法律は人が決めたものです。
なら人が変えることもできるはずです。
もっというと、なぜ法律でこのような事が定められているのでしょうか?
>・悲しむ人がたくさんいるから。
>・自分がされていやな事はしてはいけないから。
と言う事になるでしょう。
とりあえず悲しむ人がたくさんいるからというのは、
自分を守る上で必要性を感じないので、削除しておきます。
次に「自分がされていやな事はしてはいけないから」これです。
ここで疑問になってくるのは、「自分が殺されてもいい人」は殺してもいいのか?
ということです。
実際法律では殺してもいいことになっています。
というよりももっと緩和されてます。
日本の裁判の判例で行くと、一人を殺しても死刑にはなりません。
二人以上を殺して初めて死刑となるケースがほとんどのようです。
つまり「被害者の命<加害者の命」なわけです。
そこには更正の余地があるからやらいう意見もありますが、
被害者の意思が全く無視されているという点で、上の不等号は正しいと思われます。
つまり殺されてもいい、または不利益をおってもいい人にとって
人を殺すという行為自体は日本で認められているみたいです。
日本どころか世界中で認められています。
国同士の戦争ではたくさんの人がたくさんの人を殺します。
さらにヒトラーやスターリンは国家内でもたくさんの人を殺していました。
つまりは弱肉強食なんですよ。
強いものが弱いものを殺す。
これは強いものにこそ与えられた権利なんです。
もちろんそれは人間間にも言えることですが、
人間より強いものはたくさんいます。
その代表的なものが国家です。
たくさんの人を殺せば、国家はその人を死刑にするでしょう。
それはなぜか?国家は一個人よりも強いからです。
もしも一個人が国家の力を上回っていれば、その人は国家を殺すでしょう。
しかしそれができないから死ぬわけです。
完全に弱肉強食ですよね。
これは自然の摂理なのでしょうね。